横浜港航行ルートと見所マップのご案内。 
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決められたクルーズコースはございません
横浜港ではみなとみらい、赤レンガ倉庫、山下公園、
ベイブリッジなどを屋形船でご案内

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横浜湾の航行地図

横浜湾の見所マップです。「ふねーる」に、決められたコースはありませんので、ご自由な発想でコースを組み立てられます。あなたならではのクルージングパーティーを組み立ててください。


横浜みなとみらい21、MM21
横浜西区と中区の海沿いの工業地域を再開発して作ったエリア。かつて三菱造船の横浜造船所や国鉄東横貨物駅を始めとする臨海工業地域を、横浜市を始めとする臨海工業地域を、横浜市を始めとする「みなとみらい21計画」にて再開発。1989年の横浜美術館、横浜マリンタイムミュージアムなどがオープン、広大な敷地を展覧会で使用した後、パシフィコ横浜・ランドマークプラザ・横浜銀行本店ビル・クィーンズスクエア・ジャックモールなど次々に施設ができていった。ランドマークタワーやクィーンズスクエア横浜は西区で、運河を渡ってよこはまコスモワールドや横浜ワールドポーターズは中区になる。
コスモワールド
世界で初めての画期的な都市計画から生まれた未来志向の都市型立体遊園地。
大観覧車「コスモロック21」が目印。みなとみらい新港地区にある都市型立体遊園地
ランドマークタワー
高さ296mで日本一高いタワー棟を中心とするオフィス、ホテル、ショッピングモール、展望フロアーなど多彩な施設を併設したタワー。
赤レンガ倉庫
横浜赤レンガ倉庫は歴史的建築物の愛称であり、正式名称は新港埠頭保税倉庫(しんこうふとうほぜいそうこ)である。赤レンガ倉庫は明治時代の終わりから大正時代の初めにかけて建設された。当時の横浜港は1859年の開港から半世紀を経て、近代的な港湾の整備が横浜市にとって急務となっていた。第二次大戦終戦後の1945年に、連合国軍に接収され、横浜税関に連合国軍総司令部が置かれた。大部分が連合国軍に接収されて使用不能となり、横浜の復興を遅らせる原因となった。1956年に接収が解除され、貿易の急増によって入港船舶トン数、貨物量など、すべての数値が戦前の記録を更新した。しかし、貨物のコンテナ化が進展して他の埠頭に主役が移り、1976年には取扱貨物量が激減した。1986年から放送されたドラマ、「あぶない刑事」のエンディングでロケ地になり倉庫への落書きなども横行した。1992年、横浜みなとみらい21の整備に伴ってウォーターフロントの再開発計画も進められ、横浜市は国から取得。こうして、2002年4月12日、付近一帯は展示ホール、広場、店舗からなる商業施設、赤レンガパークとしてオープンした。
大桟橋
横浜港大桟橋国際客船ターミナルの通称で、横浜港における客船の発着場であるとともにシンボル的な存在として観光地としても知られている。大型客船が着岸できるターミナルとして作られ、クィーンエリザベス2世号クラスの客船が2隻着岸できる。大桟橋は船客出入国の場であり、横浜港や横浜税関を経由する旅客や移民の出入国の場であった。現在でも外国航路にでるクルーズ客船に乗船する際はここで通関や出入国手続きを行う。大桟橋屋上のフリースペースは横浜の一大観光スポットとなっているが、2006年に横浜市港湾局が愛称を一般から公募し、全体を大きなクジラに見立て「クジラの背中」と選定された。
横浜マリンタワー
山下公園に隣接している横浜港の象徴的なタワー。横浜港開港100周年記念行事の流れの中から横浜港を象徴するモニュメントを建設しようという計画が起こり1961年に建設された。高さ106m。灯台を意識したデザインとなっており、実際には頭頂部には灯台としての機能も併せ持つ。ギネスブックには最も高い灯台として記録されているが実際には灯台としての重要度はあまり高くない。2006年10月13日、運営会社の「氷川丸マリンタワー株式会社」は入場者減に伴う経営悪化を理由に、隣接する氷川丸とマリンタワーの営業を12月25日に終了した。
横浜ベイブリッジ
1989年に開通した長さ860mのつり橋である。上層部は首都高速道路湾岸線で、下層部は国道357号となっている。大黒埠頭側には橋脚の道路下にある展望台までの遊歩道「横浜スカイウォーク」があり、大型客船の通過時などは迫力のある風景を見学する事ができる。建設の目的は、高度経済成長期によって悪化した横浜市街地における渋滞の解消である。名称はサンフランシスコベイブリッジを模倣したとされる。完成時において全国最長の橋脚間の距離であったことから、故障車以外の駐停車は禁じられている。
鶴見つばさ橋
扇橋と大黒ふ頭を結ぶ首都高速湾岸線。横浜ベイブリッジと並び横浜を代表する橋。
インターコンチネンタルホテル
ヨットの帆の形をイメージした横浜港に面して建つホテル。
氷川丸
山下公園前の横浜港に係留されている日本の貨客船。船名はさいたま市の氷川神社より取られた。現在でもブリッジの神棚に氷川丸が祀られている。太平洋戦争中は日本海軍の病院船として使用され、姉妹船が次々と戦没する中、氷川丸は3度機雷に撃たれるも生還を果たす。また太平洋戦争中、病院船として運用されている時に5日ほど米軍潜水艦に監視されていた。当時船内に軍用航空燃料が積まれており、もしこれが米軍潜水艦に見つかった場合、病院船としての扱いを喪失し、拿捕、撃沈の危険性があり、国際法に反している為国際的に立場が悪化する可能性があった。その為万が一という時は自沈装置が設けられており、5日間緊迫した空気の中で難を逃れた。
山下公園
山下公園は関東大震災の復興事業の一つとして瓦礫を埋め立てて造成され、日本で最初の臨海公園として1930年に開園した。
日本丸、海王丸
1927年に鹿児島商船水産学校の練習船「霧島丸」が千葉県銚子沖にて暴風雨の為沈没、生徒、乗組員53名全員が死亡する惨事が起こった。この事故が契機になり1928年大型練習帆船が建造され、それが日本丸と海王丸である。現在は日本丸二世、海王丸二世になる。
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